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	<title>上杉春雄オフィシャルウェブサイト &#187; プログラム集</title>
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		<title>上杉春雄：バッハ平均律全曲連続演奏会2007改行ハクジュホール</title>
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		<pubDate>Sun, 11 May 2014 14:14:41 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[uesugi]]></dc:creator>
		
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		<description><![CDATA[「バッハ　平均律クラヴィーア曲集第一巻」 バッハ　平均律クラヴィーア曲集第一巻空気が振動すると音が生まれます。 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #000080;"><strong>「バッハ　平均律クラヴィーア曲集第一巻」</strong></span></p>
<p>バッハ　平均律クラヴィーア曲集第一巻空気が振動すると音が生まれます。今のピアノでは、真中のラは一秒間に大体440回振動していますが、この振動回数を2倍にすると一つ上のラの音になります。この<strong>振動数が1:2になる間隔を1オクターヴ</strong>と言います。ラの音に対して2:3、すなわち3/2=1.5倍の振動数はミに、3:4の振動数はレの音になります。このように4:5,5:6・・・と単純整数比で音を作っていって、最終的に今のピアノの白い鍵盤、ドレミファソラシの7つと、黒い鍵盤5つの<strong>合計12音が1オクターヴの中に並ぶ</strong>ことになりました。</p>
<p>ここで、例えばラの音の1.5倍の振動数を積み重ねていくと、ラ→ミ→シ→・・・と、12個目にまたラが出てきますが、このラは、最初のラの7つ上、つまり2*2*・・・=128倍の振動数を持っているはずなのに、1.5を12回掛け合わせても128にはなりません。つまり、ラ→ミ→シ→・・・→ラと、ラ→ラ→・・・→ラとして出来た音(ラとラ)には<strong>ズレがある</strong>のです。ヨーロッパの16世紀までの音楽は、主として人間の声のための音楽でしたから、その場でズレを調整できましたが、その後鍵盤楽器が使われるようなり、ハ長調のような白鍵が多い調性を基準にして音程を整えますと、このズレのために黒鍵を使う時の違和感が増えます。ズレを散らして違和感を少なくするように考案された音程の総称が「平均律」です。バッハが平均律の12の音全部に対して、長調・短調の曲を書いたのが、<strong>「平均律クラヴィーア曲集」</strong>で、2巻あわせて48曲からなります。平均化されたと言ってもバッハの時代にはまだズレは大きく、例えばハ長調とニ長調の雰囲気は違います。そういうこともよく考えてバッハは作曲しているのです。<br /> 48曲はすべて前奏曲とフーガから構成されています。前奏曲は文字通りフーガへの前触れで、バッハが息子のために書いた<strong>練習曲</strong>を下敷きにしたものや、<strong>歌</strong>や<strong>弦楽合奏</strong>をイメージしている曲など、ヴァラエティに富んだ音楽的アイディアが現されております。</p>
<p>フーガの多くは一つ、中には2つ稀に3つのテーマを持ち、それらが繰り返されます。<strong>テーマと対になる旋律もあり、テーマや対旋律の配置や、和音としての響きなどが厳密に考えられています。</strong>我々の周りでは、例えば水は高いところから低いところに落ちる、落ちれば速度が速くなる、などの物理法則に貫かれています。それら物理法則は地球上いたるところで厳密に貫かれています。僕には、この<strong>フーガという手法は、神の配慮としか思えぬほど精巧かつ厳密に作られたこの世界を、音楽で再現しようとしているように思います。そして、我々の肉体、精神、自然、世界、そして宇宙の森羅万象が、48曲を通して描かれているように感じられる</strong>のです。</p>
<p>第1曲　ハ長調　平易な前奏曲、テーマの出現密度が非常に濃いフーガからなっています。<br /> 第2曲　イ短調　前奏曲は第1曲と同じように和音をばらしたものが並んでいるだけですが、ムードはベートーヴェンの“運命&#8221;交響曲と同じハ短調らしくドラマティックです。フーガも軽やかですが、跳躍が多く、動的なイメージがあります。<br /> 第3曲　嬰ハ長調　黒い鍵盤をたくさん使うこの調性は、滅多に使われません。多少浮世離れした、不思議な響きとなります。無重力の軽やかさを感じます。<br /> 第4曲　嬰ハ短調　この曲集では、4曲ごとに一つの区切りとして内容の深い曲が配置されており、4番は曲集中最も重要な作品の一つです。痛みに似た悲しみをたたえた前奏曲。ついで、5つの声部と3つのパート、そしてキリスト教の<strong>神性三位一体</strong>を現す3つテーマを持つ大フーガ。最初の<strong>十字架のテーマ</strong>は、主イエスが我々の代わりに十字架として背負ってくれた、すべての人の持つ罪を現しています。第2パートでは、癒しの光=<strong>精霊のテーマ</strong>が細かな音として上から降り注ぎ、その中から、<strong>神のテーマ</strong>が「かくあらねばならぬ」と、響き渡ります。第3パートではもはや癒しは消え、悩む人間と、断定的に宣告する神の言葉のやりとりとなります。そうして最後に神の言葉を受け入れて人間は安らかになれるのです。一種の受難曲です。<br /> 第5曲　ニ長調　輝くニ長調の前奏曲は、まさに練習曲。フーガはファンファーレです。<br /> 第6曲　ニ短調　教会音楽では最も基本的な響き。第1曲、第2曲と同様にばらされた和音からなる前奏曲を持ちますが、フーガも含めて非常に安定感のある美しい曲です。<br /> 第7曲　変ホ長調　堂々たる、ベートーヴェンの「英雄」の調。前奏曲もフーガ形式を持っています。フーガはむしろ軽やかで、精神性より肉体の躍動を感じさせます。<br /> 第8曲　嬰ニ短調　2つ目の結論です。ミ♭とレ♯は、今のピアノでは同じ鍵盤ですが、最初に書いた“ズレ&#8221;のために、バッハの時代には異なった響きとされていました。嬰ニ短調も非常に珍しい、滅多に使われない調性です。</p>
<p>前奏曲はサラバンドという荘重な踊りのリズムに乗って、歌と弦楽器の掛け合いが美しい曲です。真偽のほどはわかりませんが、バッハの最初の奥さんが死んだ直後に書かれた、という説もあります。3声のフーガは非常に凝った作りになっており、たった1つのテーマだけでほぼ全曲が構成されています。そのためにバッハは、テーマを2倍に引き伸ばす、上下をひっくり返す、リズムを変える、少しずつずらして3つ重ねる等、ありとあらゆる技法を投入しています。またそれだけの発展に耐えるだけの魅力が、このテーマにあるのも事実で、基音から下への引力に逆らって2回上昇しながらも、最後には力なく元に戻って気しまうというシンプルな音の動きの中に、人間の努力にもかかわらず自然も世界も何も変らない、というような、悲しい諦めが表現されているように感じられます。ニ短調では平凡、ホ短調では華やか過ぎ、という時に、嬰ニ短調で“ちょっとだけ&#8221;シャープに、痛切に、痛みを持って悲しみを表現されています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="color: #000080;"><strong>ベートーヴェン　ピアノソナタ30番　ホ長調　作品１０９</strong></span></p>
<p>ピアノ曲史上最大の大曲、ソナタ29番「ハンマークラヴィーア」を完成させた後、ベートーヴェンは比較的小規模な3曲のピアノソナタを残しましたが、ベートーヴェンは決して大仕事の後の一服にこれらのソナタを書いたのではありません。3曲には、壮大な構想を3つの曲に振り分けたかのような共通点が見られます。30番と32番は、まず最終楽章が変奏曲であるという点、30番第一楽章第二主題の減七度和音は、そのまま32番の最初の音程になっています。30番と31番は、何よりその楽章構造が似ています。愛らしい第一楽章、疾走する第二楽章、そして第一・第二楽章に比べてアンバランスに長い第三楽章です。<br /> ところで、元々ベートーヴェンは、簡単な音組織=モチーフを発展させて壮大な音楽にするという能力が並外れていました。有名な例では、タタタターという4つの音を駆使して作られた交響曲「運命」があります。この30番の最初のアイディアは、ベートーヴェンの雑記帳によれば、1820年の3月に登場する「ミレドシラソファミ」というホ長調の下降音階から始まっています。次のページには「ミレドシラソファミファソラシドレミ」と、下がって上がる音階が書かれています。この、下がる音階は、第一楽章と第二楽章の最初の左手そのものですし、上がる音階は第三楽章の、変奏曲テーマの左手そのものです。<br /> 第一楽章:シンプルなモチーフからなるシンプルなテーマ。第一テーマと第二テーマが近接して登場する、極限まで切り詰められたソナタ形式。贅肉のない作り方だからこその透明感です。第二楽章:ある音楽家が「嵐の中のベートーヴェンの足取り」と表現しました。緊迫感と疾走感のあるこれもソナタ形式です。第三楽章:ベートーヴェンお得意の変奏曲。大好きだったバッハのゴールドベルグ変奏曲を下敷きにしたとしか思えぬ楽章です。途中、幾度となく空に浮かぶ星を眺めるようなところがありますが、最後には目線を身近に移して静かに終わります。この、アリアテーマの再現で終わるのもバッハ譲りしょうか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="color: #000080;"><strong>ベートーヴェン　ピアノソナタ31番　変イ長調　作品１１０</strong></span></p>
<p>ベートーヴェンの“不滅の恋人&#8221;候補の筆頭Antonia　Blentanoという女性に捧げようとしたとのことで(実際は献呈なし)、その頭文字AB(b)をそのまま曲の調性変イ(A♭)長調に当てた、という意見もあります。冒頭に“愛らしく、やさしく&#8221;と書かれた通り、30番譲りの長三度から始まる第一楽章はモーツァルトの典雅さを持っています。第二楽章ではメロディに「俺はだらしないぞ」という俗謡が使われていますが、緊迫感がある舞曲のリズムは、“死の舞踏&#8221;すらイメージさせます。一転、第三楽章では荘重なバロックの弦楽合奏から開始され、心の内を打ち明ける独白の後、Antoniaに呼びかけるように、A(ラ)の音が連打されますが、最後には声にならずに「嘆きの歌」になります。この歌は、バッハのヨハネ受難曲中のアリア「すべては終わった・ユダヤの英雄は輝かしい勝利とともにその闘いを止めた」と酷似しています。すべてが終わった後、新しい生命が芽生えるようにフーガが始まります。しかし志半ばにして再び「嘆きの歌」。吐く息も苦しげにあえぎながらも、尽きようとする命を燃やして必死に歌い継ぎます。ついに息絶えたようにみえたところから、最後のフーガ、そしてコーダ。不死鳥のように<strong>打ち続くどんな困難にも負けずに進む人間への共感と賛歌</strong>を歌い上げて、<strong>この俗謡―モーツァルト―バッハと、ベートーヴェンに至る音楽史を俯瞰する時の流れ</strong>は終了するのです。</p>
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		<title>上杉春雄ピアノリサイタル2005年改行札幌コンサートホールキタラ（大）</title>
		<link>http://www.uesugi-h.jp/program/34.html/</link>
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		<pubDate>Thu, 08 May 2014 00:48:24 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[uesugi]]></dc:creator>
		
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		<description><![CDATA[「耳で聴く情景」 虫のすだく音を聴いていても、ある人にとってはすばらしい音楽、ある人にとってはただの騒音に聞こ [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: rgb(0, 0, 128);"><strong>「耳で聴く情景」</strong></span></p>
<p>虫のすだく音を聴いていても、ある人にとってはすばらしい音楽、ある人にとってはただの騒音に聞こえます。<br />
このように、音が我々の脳の中に伝えられて初めて「音楽」になるのです。我々一人一人の「外側」に音楽があるのではありません。<br />
脳で美しい音楽と感じられた時、その「美しさ」は、例えばすばらしい風景や、絵画を見たときに感じる「美しさ」と違うものでしょうか？僕はそうは思いません。だからこそ、美しい音楽を聴いて、絵画や、様々な情景を思い描くことが出来るのだと思います。ここにおいては、美しいという感情を接点として、聴覚と視覚が互いにつながっているのです。<br />
視覚だけではありません、音楽を聴きながらいろいろな記憶をよみがえらせる、踊っているような気持ちになる・・・音が脳の中に入ってくるところから始まって、実に様々な働きが起きます。音楽を聴く感動というのは、そうした働きの中に、あるいは、働きの総和にあるのではないでしょうか。<br />
今日の演奏会では、題名のついた曲ばかり選んで見ました。作曲家が音の向こうに実際の絵であれ、心象風景であれ、何かの情景を見ていた、そういうことがわかる作品群です。でも、詳細に調べてみれば、作曲家は決して元になっている文学作品や絵画などに縛られて曲を書いているのではなく、目で見たことから引き起こされる自由な発想を音にしたものだということがわかってきます。<br />
どうか皆様も、曲の題名や解説をよりどころに、しかし自由にいろいろな発想を膨らませて聴いてください。それが感動の源なのですから・・・もしさらに、音の向こうに等身大の作曲家の、時代と人種を超えて我々と直接共感しあえる何かを感じていただけたら、とてもうれしく思います。音楽を聴くという行為を通して得られるもの、それは普段気づかない自分自身の姿を発見することに他ならないのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="color: rgb(0, 0, 128);"><strong>メシアン：前奏曲集より</strong></span></p>
<p>メシアン（1908-1992）は、20世紀中期以後を代表するフランスの大作曲家です。<br />
この前奏曲集は弱冠20歳頃に書かれたもので、後年の作品集に比べればリズム探求など未完成な点は否めませんが、それでも彼自身が「青みがかった色」と呼ぶ独特の音群（音を色で感じるというのは多分に主観的な判断によるもので、個々人が実感できないのであればあまり拘るのはよくないと思いますが）の使用や、神秘的な響きに陶酔しながらも常に透明感のある明るさに満ちているあたり、すでに明らかにメシアン独自の世界が出来上がっていることに驚かされます。<br />
同時に、詩的なタイトルや、2度、4度（増4度）と言った音程が作り出す音色感の変化を追及する姿勢などには、後期のドビュッシーの影響も窺われます。<br />
この曲は1929年に出版され、翌年曲集を捧げられたパリ国立高等音楽院の同級生、アンリエット・ロジェによって初演されています。そのときのメシアンからの唯一の注文は「桃色と白い服では演奏しないこと。できれば青か緑を」ということだったそうです。若いメシアンの、色彩へのこだわりだけでなく、パリ音楽院で6部門に1等賞ととった才媛・ロジェ嬢に恋心を感じていたのではないか、そんなことも感じさせるさわやかなエピソードです。今回プログラムのバランス上割愛いたしました他の曲（悲しき風景の中の恍惚の歌、過ぎ去りし時、苦悩の鐘と別れの悲しみ）もすばらしい作品ですので、ぜひ機会があれば聴いてみてください。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>1． 鳩</strong><br />
後年世界中の鳥の鳴き声を採取し、楽譜化して楽曲内で使用したほど、メシアンにとって鳥の鳴き声は特別な意味を持っておりました。しかし、ここでは直接的な鳴き声の模写はあまり見られず、ゆったりと上下する音程などに象徴的に鳩が表現されているようです。神、聖霊の象徴としての鳥に対する敬意もそこには込められております。</p>
<p>開始のＦ－Ｈの増4度音程は、この曲集を支配する響きです。</p>
<p><strong>3．軽やかな数字</strong><br />
数は、そのまま音、音程につながります。またここでは韻ということも念頭におかれているようです。<br />
極端な高音にも低音にも至らず、中音域でふわふわと浮遊する音たちは、まさに無重力の軽さを表しているようす。後半は高音部と低音部がカノンで掛け合いますが、最後にカノンの重力から解放され、高みに登っていきます。</p>
<p><strong>5．夢の中の漠然とした響き</strong><br />
左手の和音は「青色がかったスミレ色」の響きが使われています。右手の響きには「赤紫の」色彩が使われており、“漠然とした”響きではありますが、全体に非常に華やかな印象を与えます。中間部の高音と低音で上下ひっくり返ったカノンは、中声部の密集音程によってかなり黒ずんだ灰色の背景をつけられております。</p>
<p><strong>7．静かなる不満</strong><br />
最初の5度―増4度の響きに象徴されるように、さまざまな音程の移り変わりと色彩感の微妙な変化が美しい曲です。基調となる色彩は灰色で、そこに赤紫と緑が見えます。</p>
<p><strong>8．風に映る影</strong><br />
ドビュッシーの「水に映る影」を意識したタイトルでしょう。ピアノ奏法上からは、リストーラヴェルの影響が感じられます。<br />
旋律の背景には、常に薄青色の風が吹き抜けております。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="color: rgb(0, 0, 128);"><strong>リスト：巡礼の年報第一年「スイス」より、“オーベルマンの谷”<br />
</strong></span>リスト（１８１１－８６）は、19世紀ヨーロッパを代表するピアノの名手でした。若い頃は行く先々で圧倒的な人気と評判を呼び、演奏中に失神する若い女性がいたといいますから、今で言えば全盛期のビートルズとか、ヨン様なみのスターだったと推測されます。</p>
<p>そのリストが24歳の時、既婚者である伯爵夫人と駆け落ちをするという事件を起こしました。二人はパリを出てスイスで落ち合いしばらくそこに滞在します。その時に書かれた作品集「旅のアルバム」を20年後にまとめなおしたものが、ピアノ曲集「巡礼の年報第一年・スイス」です。「オーベルマンの谷」は中でもっとも規模が大きく、中核をなす作品です。<br />
オーベルマンというのは、1802年に出版されたフランス人作家セナンクールの９０もの書簡からなる小説「オーベルマン」の主人公です。この曲のタイトルの中にある「谷」も、セナンクールの作品中スイスアルプスの自然を描写する折々に出てきます。<br />
セナンクール自身家族を相次いで無くし、貧困にあえぎながらこの作品を書いたと言われております。彼の分身であるオーベルマンも、スイスの自然と、その向こうに存在する神に一体化することで救われようとした、一種の自殺願望を持つ人物として書かれていますが、そのどこに大スター、リストは共感したのか・・・<br />
リストは自筆原稿冒頭にセナンクールの「オーベルマン」の長大な引用を書いております。一部を書きますと<br />
「・・・自然のかくも広大で計り知れないものであること、宇宙の情熱、冷淡なまでの中立性、我々の想像もつかぬ叡智などを広く意識したとき、人類が心に留め得るすべての欲望や苦しみを私は感じ、受け止める・・・私は衰弱への不吉な一歩を印してしまった。私の10年は失われた」<br />
大スター・リストであっても、いや、大スターと世間からは見られれば見られるほど、実際の自分の小さな存在に絶望する時があったのかもしれません。<br />
曲は、低い音がさらに下に、下に沈んでいくような旋律で始まります。何度も上に上がる努力を繰り返しながらも常に下に引きずられるメロディ。やがて、天上の音楽のような美しい旋律が上から降ってきますが、自らはまだそれに一体することができず、ただあこがれて見上げるばかりです。<br />
その後激しい葛藤と戦いが行われ、傷ついた心を慰めるような優しい音楽が聴かれます。そして、ついに下への重力に負けていたメロディが、上へと向いて、あとは勝利を高らかに歌い上げていく・・・<br />
こうしてみると、多大の共感を持って書かれたとはいえ、やはり現実の世の中においては成功者であった若いリストには、最後に絶望的な運命に打ち勝とうという意気込みが強かったのでしょうか。音楽を見ると、小説のあきらめに似た境地とは違い、広大な山々を前に、谷底にたたずむ無力な人間が、ついに自らの力で高みへと登り行く心象風景が描かれているような気がしてなりません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="color: rgb(0, 0, 128);"><strong>ラヴェル：鏡より　“鐘の谷”</strong></span><br />
ラヴェル（１８７５－１９３７）３０歳頃の作品、ピアノ曲集「鏡」は、“蛾”、“悲しい鳥”、“大海原の小舟”、“道化師の朝の歌”、そしてこの“鐘の谷”からなります。「鏡」とこれらのタイトルにはどういう関係があるのでしょう？<br />
鏡を見たときに映るものは、自分の姿です。鏡の中で無軌道にバタバタと飛び回る蛾、帰り道を見失ってさまよう熱帯の鳥、大波に翻弄されるたよりない小船、スペインの道化（ラヴェルの母親はスペイン出身）・・・そう、これらはラヴェルの自画像なのではないでしょうか。<br />
この“鐘の谷”で見せるラヴェルの素顔は、静謐さに満ちています。靄のかかった無人の谷にこだまする様々な鐘の響き。そして中間部には息の長い旋律。ラヴェルの真情が吐露されているようです。<br />
ラヴェルは名作“ボレロ”などを書き上げている絶頂期の５０台で、病気を発症しました。病名についてはいまだに論議を呼ぶところですが、大勢では「進行性失語症」と考えられています。痴呆はなく、作曲能力も失われず、ただ言語能力とともに楽譜を書いたり読んだりする能力がどんどん衰えていったようでした。１９３３年に素敵な歌曲を作曲した後３年余り、ラヴェルは一曲も作品を書いておりません。頭の中では音楽が鳴り響いていたというのに・・・じっと一日中椅子に座っているそのころのラヴェルに、ある女性が「何をしているの？」と聴いたところ、一言「待っている」と答えたそうです。<br />
最後は脳腫瘍と誤診され、手術の数日後にラヴェルは世を去りました。<br />
もちろん“鐘の谷”作曲時のラヴェルは元気だったわけですが、この静かに澄んだ響きを聴いていると、晩年の孤独なラヴェルの素顔が確かに見えるような気がします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="color: #000080;"><strong>ムソルグスキー：展覧会の絵</strong></span><br />
後進国ロシアでは、我々がクラシック音楽と呼ぶところの西欧音楽が入ってきたのが18世紀になってからで、18世紀を生きたロシアの音楽家はみな、程度の差こそあれ西欧へのあこがれと自国の伝統的音楽を守るという、両方の狭間で揺れ動いて生きておりました。前者の立場の代表がチャイコフスキー（決してロシア的ではないというわけではないのですが）であるならば、後者の代表はムソルグスキー（１８３９－８１）といっても過言ではないでしょう。<br />
ムソルグスキーの仲間たち、俗に言うところのロシア五人組は、みなアマチュアで、他の仕事―多くは一種の専門職―を持っていました。バラキレフ（一時期役人をしていた）を指導者に、ムソルグスキー（下級士官）、キュイ（築城術の専門家である陸軍中将）、リムスキー＝コルサコフ（高級官僚）、ボロディン（医学部出身の化学者）という具合です。彼らは一種の国策として普及してきた西欧化された音楽に対し、彼らが血の中に持っているロシア的なものを追求すべく試行錯誤していきました。いわば、音楽における「改革派」と呼ぶべき存在であり、「抵抗勢力」である大地主に保護された、西欧化された音楽を守る一派と厳しく対立しました。結果は、パトロンに恵まれ資金的に圧倒的優位に立つ「抵抗勢力」に対し、最初は厚い友情と鉄の結束を誇った五人組は分裂していってしまいます。<br />
改革派の中でも音楽への入れ込み方がすさまじく、誰よりも多くのロシア人と「ロシア的なもの」を共有したいと願ったムソルグスキーが、その思いの純粋さと、思いを実現できる大きな才能のゆえに、仲間からさえも理解されなくなり最後は孤独と貧窮のうちに4２歳の短い生涯を閉じたのは、なんと悲しいことでしょうか。死後の追悼文で、作曲家のイワノフは「彼ほどの才能があれば高い地位になれたのに、一人さびしく死んでいった・・・われらの才能ある人々を苦しめる運命とは一体何なのであろうか」と記しています。<br />
そんなムソルグスキーにとって、画家・建築家のハルトマンは心を開いて語れる数少ない親友でした。正味3年しかなかったハルトマンとの友情はしかしハルトマンの3９歳での急死という出来事によって閉じられます。ムソルグスキー34歳の時でした。ハルトマン急死の知らせを聞いたムソルグスキーは2日間茫然自失としていたと伝えられますが、共通の友人で評論家のスターソフにあてて「そこらにいる犬や猫だって生きているのに、なぜハルトマンは死ななくてはいけないのか」という悲痛な手紙を書いています。その心境察するに余りあります。<br />
組曲「展覧会の絵」は、そんなハルトマンへの追悼と、未亡人の生活費援助のために企画された、ハルトマンの回顧展を見た印象を音楽にしたものです。近年ハルトマンの原画が再発見されるにつれ、ムソルグスキーが必ずしも絵を忠実に音楽に写し取ったのではなく、むしろ絵から受ける印象をかなり自由に膨らませて再構築した上で音楽にしたものだということがわかってきました。<br />
“プロムナード（回廊）”を歩くムソルグスキー自身の姿から曲は始まります。悲しみをこらえながら歩くムソルグスキーの足取りは、5拍子と6拍子の交代によって多少もつれているようにも見えます。突然“グノームス（地の精の小人）”が目に飛び込んできます。原画はグロテスクながらヒョウキンな顔をしたくるみ割り人形のスケッチですが、音楽は異形の悲しみ、慟哭を表す激しいものになっております。中間に西欧音楽では「嘆き、悲しみ」を表す下降半音階が6オクターブの音域に渡って展開し、嘆きの深さを表現しています。最後はパチンというくるみ割りの音で音楽は終わります。<br />
再び穏やかな“回廊”を歩いていくと、今度は“古い城”です。原画は同定されておりませんが、スターソフが絵について書いている「古い城の前に吟遊詩人が歌を歌っている」という構図を彷彿とさせる作品は複数見つかっております。いずれもハルトマンがイタリア旅行中に書いた絵です。昔の神話か、英雄伝説でも歌っているのでしょうか、吟遊詩人が物悲しくもハリのある歌声を響かせている遠景には、曲を通じて変わる事のない低音の持続が繰り返されます。それは、あたかも何が起きようとも歩みを止めない時の非情さをあらわしているようです。<br />
気を取り直して“回廊”を歩めば、次は“チュイルリー”。自筆原稿には副題として（遊びの後の子供の諍い）と書かれています。原画はやはり見つかっておりませんが、ハルトマンがパリ旅行中に書いた子供たちの絵は残されております。音楽は必ずしもフランス風とは言えず、ムソルグスキーの自由なイマジネーションが発揮されております。<br />
突然“ビドロ”が飛び込んできます。“ポーランド農民が使う牛車”という意味の、このタイトルを持つ原画は見つかっておりません。いきなりｆｆで始まるそのインパクトは、ただ単に牛車が近づいて遠ざかる情景を描いただけとは考えられません。ムソルグスキーの目は、虐げられている農民の姿に注がれていたのでしょうか。<br />
悲しい気持ちで“回廊”を進むと、今度はかわいらしい“卵の殻をつけたひよこの踊り”。これはバレエの衣装のためにハルトマンがデザインしたスケッチを元にしています。次いで“サミュエル・ゴールデンベルグとシュミュイル”。裕福なユダヤ人と貧乏なユダヤ人を描いているのですが、原画は別々の2枚の絵です。ムソルグスキーは単に絵に忠実であるということを超えて、2枚の絵からひとつのストーリー、楽曲を生み出したのでした。尊大な金持ちにキイキイ声で訴える貧乏人。争って見ても最後は金持ちの一喝で終わります。<br />
ここで気分を持ち直して“回廊”を進みますと、次は“リモージュ。市場。”。原画は同定されておりませんが、パリ滞在中に見た市井のにぎやかな生活を描いたものでしょう。間髪いれず“カタコンベ”はローマ時代の地下墓地のことで、原画ではランプに照らされたハルトマンと思わしき、輪郭のはっきりしない人物などのほか、右側の暗がりにはしゃれこうべの並んだ棚が見られます。とはいえ、曲の劇的な嘆きぶりは原画を遥かに超える迫力で、楽譜に「ハルトマンの創造精神が訴えかけてくる」と書いてあるように、今まで抑制してきたムソルグスキーのハルトマンに対する慟哭の情が聴かれるようです。絵の印象に続き、後半には左手に“回廊”のモチーフのある悲しげなパートが書かれています。楽譜に「死者とともに、死者の言葉で」と書かれた部分です。<br />
“鶏の足の上に立つ小屋（バーバ・ヤガー）”のバーバ・ヤガーとは、ロシア民謡によく出てくる魔女のことです。ユング派の精神分析によれば、女性的意識には、深層に包み込むイメージがあるそうですが、それが優しく包み込むということになれば例えば大地の母というようなものになり、何でも飲み込んでしまう恐ろしいものとなれば、鬼子母神のイメージになるというわけです。日本においてはヤマンバ（山姥）がまさにその両面を持つ存在です。バーバ・ヤガーはロシア版ヤマンバで、時に人助けをする優しさを持っていますが、大抵は何でも食べてしまう恐ろしい魔女として登場します。彼女はぴょんぴょん跳ね回る鶏の一本の足の上に建てられた小屋に住んでいるとされています。ハルトマンの原画は、時計のデザイン用にかなり図案化されて平面的に書かれており、おそらくぴょんぴょん跳ね回る鶏の足の曲想は、ムソルグスキーのイマジネーションから出てきたものでしょう。<br />
最後に控えているのが“大きな門”です。コンペで一等賞になったハルトマンの原画は、しかし現実には建築されることなく終わりました。代わりにムソルグスキーが壮大な大門を音楽の上で建設したのです。幾百年と変わりなく建ち続け、そこを通っていくさまざまな人たち－出かけたまま帰らぬ人、戦争に行く人、お嫁に来る人などなど－を見守る大きな門。自らの信じる芸術に対する、一里塚の気持ちもあったのでしょうか・・・？<br />
長い組曲ですが、配列はよく計算されています。5曲目の“ひよこの踊り”を折り返し点として、4曲目と6曲目は社会の底辺、3曲目と7曲目はフランスの市井の生活、2曲目と8曲目はイタリアの歴史、1曲目と9曲目はロシアの伝説、というように、テーマごとに整然と並んでいます。ロシアに始まりロシアに終わる、この並び方を見れば、ムソルグスキーがいかにこの組曲全体を緊密な結びつきで考えていたか窺えるような気がします。<br />
尚、本日の演奏においては自筆譜ファクシミリを当たり、既版本と微妙に異なる部分については、音楽的意義を考えた上で採用しております。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>展覧会の絵<br />
プロムナード（回廊）<br />
グノームス（土の精の小人；原題ラテン語）<br />
（プロムナード）（原題なし）<br />
古い城（原題イタリア語）<br />
（プロムナード）（原題なし）<br />
チュイルリー。遊びの後の子供の諍い（原題フランス語）<br />
牛車（ポーランド語）<br />
（プロムナード）（原題なし）<br />
卵の殻をつけたひよこの踊り（原題ロシア語）<br />
サムエル・ゴールデンベルグとシミュイル（ドイツ語）<br />
プロムナード<br />
リモージュ。市場。大ニュース。（原題フランス語）<br />
カタコムベ（ローマの地下墓地：原題ラテン語）<br />
（プロムナード）死者とともに、死者の言葉で<br />
鶏の足に立つ小屋（バーバ・ヤガー）（原題ロシア語）<br />
大きな門（首都キエフにある）（原題ロシア語）</p>
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		<title>上杉春雄　スプリングコンサート改行浜離宮朝日ホール</title>
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		<pubDate>Thu, 08 May 2014 00:26:50 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[uesugi]]></dc:creator>
		
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		<description><![CDATA[主催：朝日新聞社 協賛：スタインウェイ･ジャパン株式会社 マネジメント･お問合せ：⑭音楽事務所サウンド･ギャラ [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>主催：朝日新聞社<br /> 協賛：スタインウェイ･ジャパン株式会社<br /> マネジメント･お問合せ：⑭音楽事務所サウンド･ギャラリー</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="color: #000080;"><strong>Program</strong></span></p>
<table style="height: 242px;" width="433">
<tbody>
<tr>
<td style="text-align: right;">ラモー：<br /> J.P.Rameau</td>
<td>クラヴサン曲集より<br /> Pièce de clavecin<br /> アルマンド<br /> Allemande<br /> クーラント<br /> Courante<br /> ロンド形式によるジーグ<br /> Gigue en rondeau</td>
</tr>
<tr>
<td style="text-align: right;">ショパン：<br /> F.Chopin</td>
<td>ノクターン 第8番 作品27-2<br /> Nocturne Op.27-2<br /> スケルツォ 第2番 作品31<br /> Scherzo Op.31</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<hr />
<table style="height: 317px;" width="487">
<tbody>
<tr>
<td style="text-align: right;">モーツァルト：<br /> W.A.Mozart</td>
<td>ソナタ K.331 ｢トルコ行進曲付き｣<br /> Sonata K.331 &#8220;alla Turca&#8221;<br /> Ⅰ. Andante grazioso &#8211; Var.1-6<br /> Ⅱ. Menuetto<br /> Ⅲ. alla turca, Allegretto</td>
</tr>
<tr>
<td style="text-align: right;">リスト：<br /> F.Liszt</td>
<td>ラ･カンパネラ<br /> La Campanella</td>
</tr>
<tr>
<td style="text-align: right;">アルベニス～ゴドフスキー：<br /> I.Albéniz &#8211; L.Godowsky</td>
<td>タンゴ<br /> Tango</td>
</tr>
<tr>
<td style="text-align: right;">グールド：<br /> M.Gould</td>
<td>ブギウギエチュード<br /> Boogie-Woogie Etude</td>
</tr>
<tr>
<td style="text-align: right;">ストラヴィンスキー：<br /> I.Stravinsky</td>
<td>ペトルーシュカからの3楽章より ｢祭の日｣<br /> Three movements from Petroushka &#8220;Shrovetide Fair&#8221;</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>＊都合により曲目等変更になる場合がございます。あらかじめご了承ください。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="color: #000080;"><strong>Program Notes</strong></span><br /> ｢スウィングする音楽、心、脳｣というのが今回のサブタイトルです。スウィングする脳、というのは、昨年ある医学雑誌に出ていた論文のタイトルから借用しました。その論文では脳の中では音楽を聴くことと、身体を動かすという行為に関係する場所が共有されている、という趣旨が書かれていました。脳は感覚という形で入力をし、主に運動という形で情報を出力している組織ですが、音楽というのは、その入力と出力の密接な関係を象徴するよいモデル、というわけです。<br /> スウィング、という言葉の中に、動き、運動というイメージも合わせて考えています。時間に沿って動いていく音を聴きながら皆様はおとなしく座っていらっしゃる訳ですが、頭の中では活発に｢動き回って｣いるかもしれません。そんな、活発な脳の活動の中に、音楽を聴く喜び、感動の秘密があるのではないか、最近そんなことも考えています。<br /> 難しいことを言うつもりはありません、本日の演奏を聴いて(そしてささやかに動きを巡って、音･脳･心の循環がしている様子をイメージして)、音楽を心より楽しんでいただけたら幸いです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>■J.P.ラモー[1683-1764]：クラヴサン曲集 より“アルマンド”“クーラント”“ロンド形式のジーグ”</strong><br /> フランスバロックの作曲家、ラモーは遅咲きの大家でした。オペラ作曲家としての名声を確立したのが50歳になってからで、最初は音楽理論家として世に出ています。<br /> このクラヴサン曲集はラモー40歳前後の作品集で、今日はその中からバロックダンスといわれる踊りに関係している曲を3曲選びました。豪奢な宮殿の中で、王侯貴族が好んで踊った踊りです。音楽を聴いて、みなさまの脳裏に貴族たちが自らの美しさを誇示するように踊っている様が思い描けますでしょうか。<br /> アルマンド　｢ドイツ風の｣という意味の踊りの曲ですが、この曲については楽器で演奏されることが意識されており、ダンスのステップからはかけ離れた曲となっております。<br /> クーラント　クーラントにはイタリア風とフランス風があり、曲風、踊り方は大分異なったものです。このラモーの曲は典型的なフランス風です。クーラントはかの太陽王ルイ14世が特に好んで踊っていたというだけあって、軽やかな跳躍とともに威厳に満ちた風格を持っています。<br /> ジーグ　軽やかな踊り。｢ロンド風｣という名の示す通り、主題が何度も繰り返されます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>■ショパン[1810-49]：ノクターン 第8番 作品27-2</strong><br /> ショパンの音楽における最大の魅力は、まずメロディの美しさにあると思います。しかし分析してみると実際のメロディの骨格はいたってシンプルで、メロディに見えるものはその骨格を彩っている装飾であることがわかります。さらに、そのメロディの骨格を支える和音の進行も極めて自然で無理がありません。<br /> すなわち、高いところから低いところに水が流れるような自然な和音進行に支えられて、シンプルなメロディの骨格が流れ、そのメロディにさまざまな“綾”がついている、という寸法です。<br /> ショパンの多くのノクターンでは旋律線もまた高いところから低いところ、すなわち上から下へと動く傾向があり、自然な流れを感じさせるひとつの遠因となっております。<br /> この8番はノクターンの中でも僕がとりわけメロディの線がきれいだと感じた曲です。どうか、熟練の書家の筆さばきのような精妙な動きをイメージしながら、ショパンのメロディラインの美しさを味わってみてください。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>■ショパン：スケルツォ 第2番 作品31</strong><br /> ショパンにはバラードとスケルツォが4曲ずつあり、同じくらいの規模、しかも同時期に書かれております。音楽家の間でも以前よりスケルツォとバラードを対比させて考えられてきました。<br /> バラードとは物語の意味で、そのモチーフ(日本語にすると動機といって、その音楽を形成する重要な部品となるような音の集まりのことです)自体が何か訴えるような言葉になっているように思います。一方、４曲のスケルツォのモチーフは、どれもうごめく音の塊であり、それ自体に言葉としての機能を感じさせません。僕の考えでは、ショパンは言葉で語りたいことをバラードで、言葉にならない心の動き･衝動をスケルツォの形で表現したのではないか、と思うのです。<br /> 本日は残念ながらバラードとの比較を行えませんが、このスケルツォ2番において、細かな音の動き、大きな動き、錯綜する動きからショパンの心情を汲み取っていただければうれしく思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>■モーツァルト[1756-91]：ピアノソナタK311 ｢トルコ行進曲付｣</strong><br /> まだ騎士道なる形で｢個｣が大事にされていた中世のヨーロッパに、突如まったく異質な敵が襲い掛かりました。オスマン･トルコは数万、数十万という大軍にもの言わせて一気に敵を殲滅しました。その先頭に立つのが皇帝直属の精鋭、イエニチェリ軍団。彼らは無残なことに征服されたヨーロッパ諸国の貴族の子弟であり、徹底した洗脳教育によって従順な兵士に仕立て上げられておりました。<br /> 大軍に指令を行き渡らせるため用いられたのが軍楽です。独特のトルコ行進曲を聴きながら、突進してくる(洗脳された)同朋とユーラシアの大軍を迎え撃つヨーロッパ人の恐怖はいかばかりであったでしょうか。<br /> このソナタはモーツァルトのパリ滞在中に作られたといわれております。一説によれば、パリまで付き添ってきてくれていた最愛の母親をなくした直後の作曲ということです。弦楽合奏のような主題で始まる1楽章は透明感あふれる変奏曲です。心から悲しいときに人には透き通るような笑顔を見せる、モーツァルトはそういう人かと思わせる楽章です。2楽章は優雅な宮廷の様子が感じられるメヌエットとなっております。一転、3楽章のトルコ行進曲において、就職活動もうまくいかず、母まで亡くすという浮世のつらさをかみ締めているパリ時代の不遇の天才モーツァルトが、それでも涙をぬぐいながら頭を上げて前に進もうとしている姿を思い描くのは僕だけでしょうか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>■リスト[1811-86]：パガニーニによる超絶技巧練習曲集より ラ･カンパネラ</strong><br /> 19世紀ヨーロッパはロマンの時代と呼ばれ、神話を主題とした芸術作品が多く生み出されるなど英雄崇拝が行われておりました。そんな中でピアノとヴァイオリンの両雄と称すべき存在がリストとパガニーニです。<br /> パガニーニはその超人的な技術が喧伝されておりますが、この曲の哀愁を帯びた旋律でわかるように、多くの作曲家が後に彼の作品を下敷きにして作曲したことからわかるように、メロディつくりの名人でした。また、リストもそのパガニーニの旋律をそのままピアノに移すのではなく、鍵盤の上を飛び回る分散和音にして、ピアノという楽器を使った時の効果を高めています。世紀の両雄合作、なるべくしてなった名曲でしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>■アルベニス[1860-1909](ゴドフスキー編)：タンゴ</strong><br /> タンゴはアルゼンチン起源で、「　　 　」というリズムが特徴となっている激しく扇情的な踊りで有名ですが、ヨーロッパに入ってコンチネンタルタンゴとなったものはもっと穏やかでまったりした味わいがあります。<br /> ゴドフスキーはアメリカで活躍した名ピアニストで、超人的な技術を誇っていたそうです。彼が編曲したショパンの練習曲集は最高の難曲のひとつと言われており、手が4本くらい欲しいような曲ばかりです。このタンゴについてはゴドフスキーにしてはおとなしいものに仕上がっておりますが、多用される対位法によってまったりした味わいにさらにコクが加わったような気がします。<br /> たてノリのアルゼンチンタンゴと違う、横ノリのタンゴをご賞味ください。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>■M.グールド[1913-1996]：ブギウギエチュード</strong><br /> 絵画の１ジャンルに｢風俗画｣というのがあります。それそのものの芸術的価値が必ずしも高くなくても、その絵画の作られた時代、その地方の風景や人々の生活など社会の一断面が鮮やかに切り取られていることによって大事にされています。<br /> この曲も、20世紀前半から半ばにかけての、アメリカの一世相を現していると思います。<br /> 少なくとも今回のプログラムの中でもっとも｢スウィング｣している曲でしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>■ストラヴィンスキー[1882-1971]：ぺトルーシュカからの3楽章より ｢祭りの日｣</strong><br /> ここはお祭り準備でみんなざわめくロシアの田舎町。怪しげな人形遣いが登場しました。最初に取り出したのはペトルーシュカという少年の人形。次に人形遣いはバレリーナ、それからムーア人を取り出し、それぞれに魔術を使って命を吹き込みました。話はそこから始まります。<br /> ペトルーシュカはバレリーナに恋をしますが、蓮っ葉な踊り子は金持ちムーア人が大好き。ペトルーシュカにはつれない態度です。一人部屋で悲嘆に暮れるペトルーシュカ。<br /> 祭り日の夕方、ざわめきの中から最初は｢乳母の踊り｣、ついで｢小粋な商人とジプシー娘の踊り｣｢御者と馬丁の踊り｣と出し物は進み、やがてパイトマイム役者の登場。<br /> 役者はヤギとブタの物まねをした後、悪魔仮面といっしょに踊ります。みんなが踊りに興じているそのとき、自分の恋人にちょっかいかけようとしたペトルーシュカに対しムーア人が怒り、人々の目の前でペトルーシュカを追いかけてきて切り殺してしまいます。<br /> 広場の人々が動かなくなったペトルーシュカを見て人々が三々五々立ち去った後、例の人形遣いが現れ、人形たちを片付け箱に入れて立ち去ろうとします。そのとき、あっと驚く人形遣い、広場を囲む家の屋根から、うらめしそうなペトルーシュカの亡霊がじっとこちらをにらんでいた・・・<br /> ストラヴィンスキーの出世作のひとつ、バレエ音楽｢ペトルーシュカ｣を、ピアノ曲に編曲したのがこの曲です。本日は第3楽章だけ演奏しますが、原曲の｢祭りの日｣から、熊使いの登場場面と、ぺトルーシュカが殺される場面以後が省略されております。<br /> とにかく聴いていただければおわかりのように肉体を酷使させられる曲です。僕の知る限りでは、日本で最初にこの曲を録音したのは僕だと思うのですが、1988年夏、録音中テイクを重ねるごとに体がボロボロになったものでした。グリッサンドで肉が弾けとんで鍵盤に点々と血がついていたのを覚えています。｢動き｣という言葉が、或る物が次の時間に別の場所にある、そんな現象を指すとするならば、確かに｢体の動き｣だけではなく、｢音の動き｣｢心の動き｣もあってもいいかもしれません。しかし不思議なのは、｢音の動き｣から｢体の動き｣や｢心の動き｣を感じられること、さらに心の動きは｢感動｣という言葉に通じる、ということではないでしょうか。<br /> 演奏会ではそれら様々な ｢動き｣の奥に潜む、共通のイメージを味わってみたいと思います。</p>
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